インタビュー・文:有泉智子/MUSICA
ミュージシャンって挑戦したい生き物なんですよ。
■6月の“クライベイビー”配信時のインタビューで、きのこ帝国は今、「愛のゆくえ」というテーマの下に様々な曲を作っていってるんだというお話をしていただいたんですが。まさにそのテーマをタイトルに掲げたアルバム『愛のゆくえ』を11月2日にリリースすることが発表されました。
「はい、そうなんです。ようやく発表できました」
■今回配信リリースされた“夏の影”も、やはりその流れの中で作った1曲なんですか?
「そうですね。これも『愛のゆくえ』というテーマで制作を始めてから作った曲です」
■そもそもこのテーマで作品を作っていく出発点となったのは、10月29日公開の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌として書き下ろした“愛のゆくえ”という曲で。その辺りの話は“クライベイビー”の特設サイトに掲載したインタビューを読んでいただきたいんですが、“愛のゆくえ”と“クライベイビー”が轟音的なギターサウンドを主とするサウンドプロダクションだったのに対し、今回の“夏の影”はレゲエやダブを基調にした横ノリのグルーヴの楽曲ですね。
「この曲に関しては、レゲエのリズムパターンをきのこ帝国としてやってみたいなというところから始まっていて。そもそも去年“愛のゆくえ”という曲ができて、これをテーマにいろんな曲を作っていこうと思った時から――それはつまり種明かしをすると、『愛のゆくえ』というテーマで1枚アルバムを作ろうと決めたっていうことだったんですけど(笑)。その時から、どんなアルバムにしようかな?というのはずっと考えてたんですよね。で、去年の段階では、“愛のゆくえ”という曲ができたこともあって、歌メロの自由さに関しては『猫とアレルギー』の流れを引き継いだ上で、音像に関しては轟音寄りというか、従来のきのこ帝国のサウンドをもう一度踏襲してみるっていうのをイメージしてたんです」
■つまり近年のメロディの自由なポップネスと、初期の頃のシューゲイザー/オルタナ色の強いきのこ帝国サウンドのハイブリッド版をやろう、と。
「まさにそうです。だけど、やっぱり1年経つと考え方も変わるじゃないですか?」
■はい(笑)。というか、佐藤さんは基本的に、常に新しいことにチャレンジしたいという気持ちの強い音楽家ですもんね。
「そう、ミュージシャンって挑戦したい生き物なんですよ。だから曲を作りながら少しずつ考え方も変わっていって、その中で、もっといろんなリズムの楽曲が入ったアルバムにしたいなと思うようになったんですよね。……リズムに特化した曲って、きのこ帝国では“クロノスタシス”で一度やりましたけど、あれ以降はリズミカルな曲調を掘り下げるということをやっていなくて、自分的にはそれがもったいないなってずっと思ってたんです。ただ、当時はあれがこのメンバーでできる限界だなと感じていたところもあって。“クロノスタシス”は頑張ってアレンジすることができましたけど、やっぱりああいうリズミカルな曲をやろうとするとバンドとしてアレンジが追いつかなくなったり、煮詰まって楽しくできなくなるようなところもあったので、これは難しいかなと思ってて」
■そもそも“クロノスタシス”に関しては佐藤さんが主体となって作ったんですか? それともバンドでアイディアを出し合って、ああいうリズムパターンが生まれてきたものだったんですか?
「“クロノスタシス”は完全に私主導でした。自分が宅録でかなり完成形まで打ち込んだ状態のデモをメンバーに聴かせた上で、バンドに落とし込んでいくという感じのやり方でしたね。で、やっぱり最初にデモを聴かせた時は『え!? これ、きのこでやるの!?』って凄いびっくりされて(笑)」
■明らかにそれ以前のきのこ帝国にはなかったタイプのアプローチでしたからね。
「はい。でも実際にやってみたらよかったし、リスナーの方にも新しいきのこ帝国として盛り上がっていただけたので、いつかまた挑戦してみたいなとは思ってたんです。で、次のアルバムを作るにあたって、そういうことをやってみてもいいんじゃないかと思うようになって。今話したように“クロノスタシス”は自分が考えたものをメンバーに投げるっていうやり方で生まれたんですけど、今回のアルバムでは、そもそもコンちゃん(西村“コン”/Dr)に『自分が叩きたいリズムをデータで送ってくれたら、それで曲を作るよ』って言って、彼から送られてきたリズムを基に私が曲を作っていくという方法で制作した曲がたくさんあって」
■それってきのこ帝国の曲の作り方としては珍しいですよね。
「そうですね、でも今ならそういうやり方もできるかなと思って。だから11月に出るアルバムに入っている曲は、割とコンちゃんのリズムのアイディアが中心になっている曲が多いんですよ。それが凄く面白いと思うんですけど。ただ、この“夏の影”は、自分のアイディアで打ち込んだリズムを基にして作っていて――だから話の腰を折るようですけど、この曲に関してはコンちゃんのアイディアから作ったわけではないっていう……(笑)」
■(笑)。
「とはいえ、そうやってリズム主体の曲として作っていったうちの1曲ではあります」
■今の話を整理すると、“クロノスタシス”を作った時点ではリズミカルな曲――“クロノスタシス”は同じ横ノリでも、レゲエではなくヒップホップ的なアプローチの曲だったわけですけど、そういう横揺れのグルーヴやスウィングするようなリズム感の曲をバンドとして作っていくことに関して限界も感じた、と。でも、あれからしばらく経ってバンドも経験を積んできたこと、あるいは実際にコンちゃんから送られてくるリズムを聴いたりする中で、今だったらバンドとしてより多彩なリズムに取り組めるんじゃないかという確信が佐藤さんの中に生まれてきた、だからこそ“夏の影”というレゲエのリズムパターンを取り入れた楽曲ができた、ということなんですかね?
「そうですね。きのこ帝国って初期は基本的に4ビートのノリの曲が多かったと思うんですけど、元々私が聴いていたのはブラックミュージックが多かったんですよ。自分は横ノリの気持ちのいいリズムで、かつ時折複雑なシンコペーションをするような音楽が凄い好きで。でも、メンバーがそういうのを好きなのかはわからなかったんです(笑)。それがこの2〜3年で、リズム隊はそういう音楽も好きなんだなっていうことがわかったところもあって……“クロノスタシス”をやったことで、もっとこういう曲をやりたいなっていう気持ちもリズム隊の中に芽生えたみたいで、横ノリのリズムも徐々にできるようになっていったし視野も広がっていったんですよね。それで、このタイミングだったらレゲエ調だったり、ブラックミュージックを踏襲するような曲もできるのかなって思ったんです。もちろん挑戦ではありましたけどね。自分がそういうリズムでメロディを作れるのかも謎だったし」
■でも、それこそきのこ帝国を始める前、学生の頃からR&Bやソウルの曲を歌うのが好きだったっていう話は前にしてくれたことがありましたよね?
「そう、誰かの曲を歌うのはすごい好きなんですよ。だからカラオケとかではそういう海外の曲を歌うんですけど(笑)、でも、果たしてそういうリズムに当てはめたメロディを自分で作れるのか?は未知数だったので。“夏の影”はすごくハマったなと思うんですけど」
■ものすごくハマってると思うし、佐藤さんの歌の特性がすごくいい形で出てると思うんですけど。これはまずリズムパターンを組んだ上で、後からメロディを乗せていったんですか?
「そうなんです。レゲエっぽい曲を作りたいなと思ったのが始まりで、ベタですけどまずは『ッチャッチャ』っていう裏打ちのリズムギターを入れて、『こういう雰囲気に合うのはこのドラムかな』っていろいろサンプリングを組んでリズムを作って。だから最初は打ち込みのリズムとリズムギターだけ入っている状態のものがあって、そこに鍵盤で仮のメロディを乗せたものをメンバーに聴かせたんです。そこからバンドで詰めていって………だから歌に関してはバンドサウンドができた後、それを聴きながらメロを乗せて歌詞をハメていくっていうやり方をしたんですよね。そういう意味では新しい試みだったかもしれない。自分は昔から、まずギターの弾き語りでメロディと歌詞を作るっていう、割とフォーキーなやり方をすることが多いんですけど、この曲に関しては楽器を弾かずに鼻歌みたいに歌を乗せていったので。楽器をプレイしないで歌った分、逆に(歌の)リズムの自由度が増したのかなぁと思いますね」
■メロディの譜割とリズムのハマりのよさだけじゃなくて、佐藤さんの歌声自体が宿す浮遊感や揺れ動きみたいなものが今まで以上に美しく響いてくる曲になったなと思うんですよ。つまり、こういう曲調だからこそ、歌の自由度がすごく増している部分があるというか。ご自分でもそういう手応えはあったんじゃないですか?
「その感覚はすごくあります。やっぱり楽器を弾きながら歌うと、どうしてもコードに手癖が出てきたり、メロディのリズムも楽器の弾きやすさに合わせることになってしまったりもするんですよね。その結果どうしてもメロディが似通ってきちゃったり、言葉に関しても全部拍の表に来ちゃったりするんですけど。でも、楽器を持たないで歌うとリズムの表裏も自由に捉えられるし、本当に自由に感じたままに歌えるというか……実際、“夏の影”はかなり裏で歌っていますしね。だから自分でも新鮮でした。もう8年もやっているんですけど、ちょっとやり方を変えてみただけでこんなにも違うメロディができるのか!っていうのは、すごい勉強になりました(笑)。……この曲に限らず、今回のアルバムは歌っていてすごくラクだし楽しいんですよ。一番最初の『渦になる』の頃も歌いやすかったんですけど、でも作品を重ねていろんな挑戦をしていく中で、自分的には歌いにくい曲も増えていって」
■それって要するに、自分の中にあるナチュラルな歌の癖みたいなものじゃない、様々なメロディや表現に挑戦していったからこそ、歌いにくいと感じる曲も増えていったということですよね。
「そうなんです。でも今は、そういうものがブラッシュアップされた上で、また歌いやすいメロディを作れている感じがあって。……最初の頃は無自覚に自分の歌いやすいメロディを作ってたと思うんですけど、今は意図的にそういう状況を作り出せるようになったんだと思います。どんな音楽性でも、その上で自分に合ったメロディをつけることができるようになったし、それを大事にするようになった。そこがメロディをつけることにおいて一番変わったところかもしれないですね」
こういう曲をやっとやれるようになったなっていう感覚があって。コツコツやってきて今やっとこれが作れたという感慨がありますね
■歌詞の内容に関しては、これも「愛のゆくえ」を書いてはいるんですが、その愛が悲恋というか、すごく儚くて悲しい、喪失と隣り合わせにあるようなニュアンスを孕んでいますよね。佐藤さんの中ではどんなイメージから生まれてきた曲なんですか。
「平たく言ってしまうと、『許されない恋』みたいなものを描いているんですけど」
■はい。だからこそ、<林檎をひとくち齧って>や、あるいは<楽園じゃなくても/ふたりなら信じたい>というように、アダムとイブの物語をモチーフにしたであろう言葉も出てきますし。
「そうなんです、そこはもう本当に歌入れギリギリに思いついたんですけど(笑)」
■「許されない恋」――つまり、すでに恋人や伴侶がいる中で、他の誰かと恋に落ちてしまったふたりの姿と、その愛のゆくえが描かれている曲だと思うんですけど。それをテーマに曲を書こうと思ったのは何故だったんですか。
「もちろん倫理的にはやってはいけないことなんだけど、でも、その感情の仕組み自体はわかるじゃないですか。許されないとわかっていても他に好きな人ができてしまうっていう、そういう感情の動き自体は自分にはコントロールできないことでもあって。……自分にはこの人しかいないと思って愛していたのにもかかわらず、もっとこの人だったんだって思えるような人に出会ってしまうとか、そういうことってきっとあるんだろうなと思うんですよ。その気持ちが芽生えてから自分がどう行動するかはまた別の話だと思うし、そんな愛は許せないという意見もすごくわかるんですけど、でも本人達にとってはそれこそ10代の初恋のような、純粋な恋愛だったりもするんじゃないかなって。そういう、『純粋なんだけど許されない愛』の形みたいなものをひとつ曲にしてみたいなと思ったんですよね。ただ、そのテーマは最初から決めていたんですけど、歌の着地点を『ふたりで逃げよう』という終わり方にするのか、『お互いの生活に戻ってこの恋は忘れよう』という終わり方にするのかすごく悩んで………結局はどっちとも取れるよう感覚で終わっていると思うんですけど、自分的には、このふたりはどこかに逃げたんだろうなっていう終わり方かなと思っていて。でも聴く人によって、これが悲しい歌か悲しくない歌かっていうのは分かれるかなと思うんですけど」
■ちなみに、私は逆の受け取り方をしてました。<夏の影は溶けあって/新しいふたりになれるよ>という願いは持ちつつも、その後、一番最後に歌われる<花束の亡骸が/砂浜にうちあげられてる/ちぎれてゆく思い出は/ひとつずつ波間に消える>というのが、この恋の結末なのかなと感じて。
「確かに、そう取れるようにも匂わせていますよね(笑)。ただ、ふたりで逃げたパターンだったら、それまでお付き合いをしていた人との思い出が海に消えていって、新しい恋を選んだっていう取り方もできるという」
■なるほど、言われてみれば確かにその通りです。
「そういう、ふたつの道があるっていう仕組みになっています。どちらが真実でどちらがミスリードかは自分でも決めていない、聴く人次第でいいかなと思っていますね」
■レゲエの心地いいグルーヴの曲に、こういう世界観を当てていったのはどうしてだったんですか?
「レゲエ調の曲を作ろうと思ってやり始めた時から、“夏の影”っていうタイトルで作ろうって決めていて。そこは夏とレゲエって合うなという単純な発想だったんですけど(笑)、でも『影』というからには明るいものじゃない、自分の隠したい部分を表したほうがいいなと思って。そこから悲恋へと繋がってきたというか……でも、自分は悲恋しか書けないっていうのもありますけどね(笑)。愛を歌おうとすると8割型悲恋になっちゃう。基本は悲しいみたいな(笑)」
■前回のインタビューで、自分の表現の根本には「失っていくこと」への目線があると話してくれたじゃないですか。で、その喪失を昇華させるために表現をするという感覚ではなく、喪失を愛でているような、ある種の陶酔的な感覚があるんだとおっしゃっていて。この曲って、まさにその感覚――失われていく愛や楽園を愛でるような感覚のようなものが音楽的に表されているなと思うんですよね。
「ああ、確かに。愛でている感覚は強いかもしれないですね。現状起きていることを歌っているようにも聴こえるけど、凄い昔にあった恋を思い出して、それを愛でているかのようにも聴こえますもんね」
■だから、音楽的なアプローチとしてはきのこ帝国にとって新しい境地を切り開くものだと思うんですけど、佐藤さんの歌の核にあるものが今まで以上に音楽的に表現できた楽曲なんじゃないかなという印象もあって。これはまたひとつ、バンドとして素晴らしい武器を手に入れたなと思いました。
「嬉しいです。自分的にも、こういう曲をやっとやれるようになったなっていう感覚があって。器用なバンドでも器用なソングライターでもないので、コツコツやってきて今やっとこれが作れたなぁみたいな、そういう感慨がありますね」
■バンド的には、この曲を作っていく中でのメンバー間のやり取りはスムースだったんですか?
「アレンジに関しては、やっぱりすごく時間がかかりましたね(笑)。結構展開が変わったりクラリネットの音を入れたりしたこともあって、かなり試行錯誤して。でも、リズム隊はもっと難航するかと思ってたんですけど、方向性が決まってからは割とすんなり最後まで行けましたね。もうちょっとレゲエっぽ過ぎない現代的なリズムパターンというか、ドラムの刻みがポストロックっぽいものだったりも試したんですけど、やっぱり古典的なレゲエのパターンのほうがいいなと思って。それこそシゲ(谷口滋昭/B)がボブ・マーリィーみたいなベタなパターンを持ってきたんですけど(笑)、そっちに振り切ってからはスムースに、リズム隊ふたりとも楽しそうにやってましたね。で、たぶんあーちゃん(G)のギターが一番落としどころを悩んだような気がします。こういう曲をやりたくてもやらなかった一番の要因は、横ノリの上モノを弾ける人がいないっていうのがあって。自分も歌いながらカッティングするのは難しいし。だから結構苦戦はしたんですけど、でも結果的にきのこ帝国らしさも現れて、いいところに落ち着けられたのかなって。こういう陶酔感のあるギターが入ったことで、ただのレゲエっぽい曲ではなく、自分らの世界観に寄せられたのかなって思いますね」
自分達なりに研ぎ澄ませた音楽をやりたいと思うんです。
■ちょっと話を戻すと、ポストロック以降のモダンなリズムではなく、古典的なレゲエのパターンがよいなと思ったのはどうして?
「私は基本的に『定番』をやったほうがいいって思ってるタイプなんですよ。服とかも定番でシンプルなものが好きだし、定番っていうのは『いいもの』だから定番になるわけで。だから、レゲエの曲を作ろうと思った以上はちゃんと定番で勝負してみたいと思ったんですよね。あとギターや上モノの主張って強いから、そこで浮遊感の音が重なってくると、どんなにレゲエ色の濃いリズムを作ったとしてもそこまで主張してこないだろうなっていう予感もあって。逆に薄くし過ぎるとレゲエ感がなくなっちゃうだろうとも思ったので、ここはもうベタなくらい定番で行こうと思ったんです。まぁでも、今回エンジニアのzAkさんにはすごくしごかれましたけどね。特にベースへのプレッシャーが凄かったです。3~4時間ずーっと同じ曲をループで弾かせられてましたね(笑)」
■特にこういう横ノリのグルーヴっていうのは、スキルの差が如実に出ますからね。
「そうそう、パッションとかでカバーできるタイプのものじゃないんですよね。ロックバンドって演奏が下手でも雰囲気でカバーすればいいっていうタイプのバンドもいるじゃないですか。でも、こういう横ノリの音楽って雰囲気じゃカバーできないんですよね。ちゃんと技術の面がついてこないと体現できない音楽なんだなっていうのは痛感しましたね」
■zAkさんとは、今回のアルバム通して一緒にやってるんですか。
「はい、今回のアルバムで初めてご一緒して。……zAkさんが言っててそうだよなと思ったのは、ミックスでも何でも、『っぽい』とか『いい感じ』みたいなものが嫌いだっておっしゃってて。誰かがやっていることをいい感じに真似してやるのは絶対に嫌だっていう――たとえばギターにリヴァーヴをかけるのが流行っているなら、逆に一切かけないでドライな状態でカッコよく聴かせたいとか、そういうプライドがzAkさんの中にあるんですよね。で、それが自分達の初期の感覚に凄い似てるなと思って。自分達も一番最初の頃は、ライヴハウスのシーンで誰もやっていないような、めちゃくちゃ衝撃に残るライヴをしようっていう感覚がすごく強かったんですよ。そういう、人と同じことをやるのではなく、人とは違うことをして、なおかつ感動させたり衝撃を与えたいっていう姿勢は表現の根幹にあるべきものなんだなって改めて思ったところはありましたね。zAkさんみたいに新しいことをやるっていうのを何十年も忘れずに尖り続けているのは凄いと思う」
■今のご自分の中にもそういう感覚は強くあります?
「あるんですけど、でも最近は人と違うことをやるっていうのは考えてなくて、それよりも自分達の音を磨くことのほうが第一ですね。初期こそ荒削りでも人と違うことをやってなんぼだっていうのがあったんですけど、やっぱり音楽を磨いていく作業をやらないと世に残っていかないと思うから。……最近ジブリのインタビューを聴いていたら、プロデューサーの方が『奇を衒ったり人と違ったことをやることは、表現として「困った時」にやるべきことだ』って言ってたんですよ。根底にあるのはあくまで一貫した美学であるべきで、ただ、それを人に知ってもらうために困った時というか、より人を惹きつけたい時に奇抜なこと・新しいことをやるものだって。で、確かに、自分達が初期の頃に尖っていたのは困っていたからなのかもしれないって思ったんですよ。まだお客さんもいない中で、そこにいる何人かでも捕まえなくちゃいけないっていう窮地だったからこそ、他の人がやっていないことをやろうとしてた部分があるのかなって。でも今は、奇を衒ったり闇雲に新しいことをやるよりも、自分達の美学や感性を磨くほうに行きたいし、それを磨くべき時期だと思っているんですよね。で、その中で必然があれば、奇を衒うようなことも取り入れるというか――たとえば轟音にしても、まず自分達の音楽、誰にでもできることを必要としていない自分達の音楽を作って、その上で入れる必然があるなら轟音を入れるっていう。そういうのじゃないと嫌だし」
■でもそれって、最初から奇を衒っていないというだけで、本質は変わってないよね。今言ってくれた「誰にでもできることを必要としない音楽」っていうのは、まさに人の真似ではない、人とは違う自分にしかできない音楽をめざしているということでしょ?
「そうですね、そういうことになりますね。……ちゃんと自分達なりに研ぎ澄ませた音楽をやりたいと思うんです。それこそ歪ませた音像を作るのって簡単なんですよ。エフェクターのスイッチひとつで誰でも歪みが作れるけど、だからこそ、安易に歪ませたくない。轟音で誤魔化したくないっていうか、ちゃんと整理して研ぎ澄ませて、ちゃんと記名性のある音楽を作りたいんです。……さっきの演奏力の話もそうなんですけど、今のシーンってみんな磨くことをしなくなっているというか、簡単なほうに流れて行っている気がして、そこに自分は危機感を覚えるんですよね。やっぱり圧倒的に昔の人のほうが演奏が上手いと思うし、確かにいろんな機材やソフトが増えていろんな音色が使えるようになったけど、でもそれに頼ってしまうことで逆に表現の幅も狭まっているんじゃないかと思っていて。誰かの音楽に憧れて似たようなエフェクターを集めたりっていうのも趣味としてはいいと思うんですけど、それって本質的な音楽の発展にはなり得ないんじゃないかと思う」
■そういう外側を埋めるのではなく、ソングライティングとか演奏力とか、音楽として本質的な部分を磨かなければ音楽的発展はあり得ない、と。それはまさにとても重要な問いかけだと思います。
「最近そういうことをすごく思うんですよね」
面白いことができたかなと思える作品ができたので。早くみんなに聴いて欲しいですね
■アルバムは今、どういう状況なんですか?
「つい先日、録り終わりました! 最初に話した通りリズムパターンも多彩で面白いし、とてもカッコいいものができたと思っているんですけど……でも割とアダルトなアルバムかな」
■アダルト?
「今回、アップテンポな曲を1曲も入れてないんですよ。今まではアルバムの中にアップテンポの曲を必ず入れるっていうルールを決めてたんですけど、今回はそれを取り払って。元々アップテンポの曲って苦手なんですよ、書くのも歌うのも。聴くのは好きなんですけど、自分がする必要性がないなと思っていて。だから今回は絶対に書かない!って決めてたんです(笑)。でも、アップテンポな曲がない――だからどの曲もBPM100前後くらいなんですけど、その分リズムが多彩だから、聴いてて飽きないアルバムになってると思います。でも中高生は聴けないかもしれないかなぁ……」
■ははははははははは。
「中高生でもこういうの好きな人いると思うんですけどね」
■そう思いますよ。アップテンポな曲って確かにわかりやすくエモーショナルだったり高揚感を煽ったりしやすいけど、でも別に、テンポが遅くてもドラマチックでエモーショナルな表現もあるわけで。
「そうなんです。だからアップテンポなものがないからといって淡々としたアルバムなのかって言ったら、全然そんなことはなくて。むしろ、テンポを落として拍に余白があるほうが、音楽的な旋律も入れやすいし。BPM200を超えちゃうともう16ビートとか32ビートとか無理で、8ビートにしかならなくなるじゃないですか。そうすると1小節の中で表現できる旋律の幅がどうしても狭まっちゃう。それは自分にとってはあんまり音楽的じゃないというか……もちろんそこに特化している人達に対してリスペクトする部分もあるんですけど、自分が作る際には、ひとつの拍の中でいろんなアプローチができるもののほうが興味があるんですよね」
■そもそも佐藤さんって音楽で表現したい感情や景色が複雑というか、たとえば愛を描くにしても、単純な「愛してる」という感情だけではない、その裏にある様々な想いも含めて音楽で表そうとする人じゃないですか。今回の“夏の影”もそうだけど、単純なハッピーエンドでもなければ単純なバッドエンドでもない、悲喜交々が同居する感情や、そこに付随する情景を表していくわけで。そのためには、今話してくれたように1小節あるいは1拍の中にいかに多彩な表現を盛り込めるかというのは、自分達が音楽を作る上で大事にするべきポイントなのかもしれないですね。
「そうですね。単純なもののほうがすぐに響きやすいんだとは思うんですけど、捻くれた性格のせいかそこにはいけないし、そもそも音楽ってそういうものじゃないんじゃないかって想いもあるので。今回はそういうところを音楽的に少し掘り下げられたかなと思います。まだ全然掘り下げ切れてはいないけど、でも、入り口としては面白いことができたかなと思える作品ができたので。早くみんなに聴いて欲しいですね」