インタビュー・文:有泉智子/MUSICA
“愛のゆくえ”を作った時に、『愛のゆくえ』っていうのはいろんな形があるんだろうなと思ったんですよね。だから、いろんな愛のゆくえを書いてみたい、そこにフォーカスしてみたいと思って。
■すでに発表されている通り、きのこ帝国は2016年10月29日公開予定の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌を書き下ろしていて。その曲は“愛のゆくえ”という曲なんですけど、ひと足先に聴かせてもらったところ、ものすごい名曲でびっくりしちゃって。
「そうなんですよ。“愛のゆくえ”は、自分達でもこれは来たな!って思っていて(笑)」
■久しぶりに轟音の中で佐藤さんの歌が伸びていく曲なんですけど、本当に素晴らしい曲ですよね。で、今回の“クライベイビー”は、そんな“愛のゆくえ”という名曲ができたことによって生まれたインスパイアソングだと聞いていて。まずはその辺りの経緯から教えていただけますか。
「まず“愛のゆくえ”の話からすると、実は去年、『猫とアレルギー』の制作と同時進行で録っていた曲なんですよね。台本をいただいた時、その前に自分が書いていた曲の中に何曲かストーリーとリンクするものがあるなと思って、それを監督とお会いする時に持って行ったんです。自分的には映画だとピアノのような音色が入った綺麗で美しい曲がいいと思っていたんで、そういう曲を持って行ったんですけど、監督から『僕の中ではきのこ帝国は『ロンググッドバイ』の印象が強いので、もっとフィードバックノイズと轟音が鳴っているものをイメージしてたんです』と言われて。それでまた新しく書き始めたんですけど、自分的には映画の最後に轟音の音楽が流れるイメージが沸かなくて『轟音である必要はあるのかな?』というのが引っかかったり、ちょっと混迷したりもしたんですけど(笑)。でも最終的には自分が持っているものを素直に出そうと思って……それで、映画では『家族の愛』が主題になっているんですけど、自分にとってこれぐらい熱くなれる愛って何だろうな?って考えて書いたのが、“愛のゆくえ”なんです。だから映画とリンクしつつもちゃんと独立した音楽作品になったというか、自分達の芯がちゃんと出せたので凄いよかったなって思うんですけど」
■実際にエンディングに流れた時に、映画のストーリーやメッセージとリンクして揺さぶられる部分は強くあるんですけど、それとは切り離したところで、純粋に「きのこ帝国としての名曲、ひとつの到達点」と言えるような曲になりましたよね。
「はい、そう思います。自分達がいろいろ経てきた着地点だと思えたというか。……実は同時期に“愛のゆくえ”を作っていたからこそ、『猫とアレルギー』でそれまで音楽的に自分達ではあまりやってこなかった部分に挑戦できたところもあって。その先に“愛のゆくえ”に繋がっていくのが見えていたので、『猫とアレルギー』で思い切って切り替えられたところはあったんですよね」
■なるほど。そうやって生まれた“愛のゆくえ”から、さらに“クライベイビー”が生まれて行ったのはどうしてだったんですか?
「“クライベイビー”は今年に入ってから作った曲なんですけど……去年、自分の中でいろいろあって、『子供を持つってどういう気分なんだろう?』と思ったことがあって。それで書き始めたのが最初のきっかけだったんです。で、書き進めていくうちに『これって映画の中のお母さんの気持ちに似ているなぁ』と思って。そこから不思議な共鳴みたいなのを感じながら書いていきました。たぶん、自分が子供を持ったらどう思うだろうな?っていうこと自体も、あの映画を観たことが深層心理で働いているような気もしますしね。歌詞の内容的には“クライベイビー”の方が映画の趣旨に近いなぁとも思いますし」
■“クライベイビー”のサビでは<21gを愛だとしよう/その21gはどこにゆくのだろう>という言葉が歌われていますよね。この「21g」というのは、かつてアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が『21グラム』という映画を作ったこともありますが、人間が死ぬ時に失われる重さ=魂の重さを指していて(そもそもはアメリカの医師、ダンカン・マクドゥーガルの実験に基づく)。その魂の重さというのを愛の重さだとすると、「21gはどこにゆくのだろう」という歌詞の意味合いはそのまま「愛のゆくえ」という言葉に置き換えられる、つまり“クライベイビー”という曲も「愛のゆくえ」をテーマにした曲だと言えますよね。
「まさにそうなんです。“愛のゆくえ”を作った時に、『愛のゆくえ』っていうのはいろんな形があるんだろうなと思ったんですよね。あの映画のように、母親が抱いていた愛情は残された人達の明日を生きるエネルギーに繋がっていくこともあるけど、でもきっと他の辿り着き方もあるだろうし……だから、いろんな愛のゆくえを書いてみたい、そこにフォーカスしてみたいと思って。で、“クライベイビー”もそのうちの1曲なんですよね」
自分が歌う上では、表現する上では、『失ってしまうもの』というのが根底にあるのかなと思います。
■「愛のゆくえ」というテーマが主題歌の1曲に止まらなかったのは、自分ではどうしてなんだと思います?
「自分は上手くいかない関係性を経てきているからだと思います。“クライベイビー”は幸せな愛の終着点を描いてるんですけど、でも、ハッピーエンドばかりじゃないのは多くの方が経験しているじゃないですか。で、私の場合は表も裏も両方ないと自分の音楽にならないというか、むしろハッピーエンドに見える物事の裏側にあるものを音楽で表現したいっていう意識が強いんですよね。それはこれからもずっと変わらないと思う」
■そもそも、そういう意識が強いのはどうしてだと思います?
「…………どうしてなんだろう。自分は結構ロマンチストだと思うんですよ。心の真ん中には結構柔らかいものがあって。でも、最初の頃はそれを見せたくなかったんですよね。だから敢えて嫌なものだけに焦点を当ててみたりして――」
■インディーズ初期の『渦になる』や『eureka』は、特にその傾向が強かったですよね。
「そう。ある種、視界が狭かったんです(笑)。でも、そうやって音楽を自由にやれるようになったことで、徐々にその足枷が取れていったんです。自分にとって自由に音楽をやれるっていうのは一番幸せなことなんですけど、そういう、人生において一番プライオリティが高いものを得ることができたことによって、それまで閉じていた視野がガーって広がっていったし、自分の柔らかい部分を隠さなくてもいいんだと思えるようになった。……自分は10代の頃、人との距離の取り方が全然わからなくて。もう0か100かみたいなところがあったんですよね。だから当時は自分の不安定な部分を見せたくなかったし、だからこそ怒りみたいな表現に向かったりもしたし。でも、自分の中にある不安定な部分を音楽にして表現してもいいのかなと思ったら楽になって、制限していたものがなくなっていったんです」
■私は「愛」っていうのは、ずっときのこ帝国のテーマとしてあり続けていたものだと思うんです。初期の頃の怒りや憎しみが強かった楽曲群も、それは愛を求めるが故の裏返しだという見方もできると思うし、『ロンググッドバイ』は失った愛との決別というものがひとつのテーマだった。で、そこから“東京”以降、『フェイクワールドワンダーランド』や『猫とアレルギー』では、日々の中に息づく愛というものに対して、より素直なアプローチをすることによって生まれきた曲が多かったと思うんです。
「そうですね。………自分が最終的に表現したいことは昔からひとつで、『失うということ』なんですよ。それはたぶん幼い時から変わらない。小さい時に歌を歌い始めた頃、自分にとって歌を歌うことは誰かを嫌いになるとか、誰かを愛するという感情じゃなくて、何かを失うことの悲しみでしかなかったんですよね。でも、それだけじゃいけない気がしていろんな音楽に着手してみたけど、根底には常に失うことが絶対にあって。で、自分がその『失うこと』にこだわるのは、それを愛しているからこそだと思うんですよね………だって、きっと愛情のないものを失っても、人は悲しくないじゃないですか」
■そうですね。
「だから愛というのは大きいと思うんだけど、でもやっぱり、自分が歌う上では、表現する上では、『失ってしまうもの』というのが根底にあるのかなと思います」
■自分の表現の根幹に「喪失」があるということには最初から自覚的だったの? それとも最近自覚したことなんですか?
「最初から自覚してましたね。11歳ぐらいの時から詩を書いたり誰かの曲を歌ったりするようになったんですけど、当時から自分が歌ってる時に『失うこと』への想いが感情の大きな部分を占めているっていうのは気づいてて。それはなんでだったんだろうと考えると……………自分の家族って、不幸ではないけれども、でも悲しいものだと思っていたんですよ。自分の家族は、私が生まれる前に、長女が亡くなっているんですよね。そういう悲しみを私の家族は抱えていて。でも、私は長女が亡くなった後に生まれているから、その悲しみの蚊帳の外にいたんですよ。……家族は失った人達じゃないですか。けど、私は失っていないから。だから失うことってどういうことだろう?というのは、小さい時からずっと自分の気持ちの中にあった。……実際に私が失っているわけじゃないのに何故か凄い悲しかったんです」
■家族みんなが抱えている喪失という大きな感情を自分は共有できないということが悲しかった?
「たぶんそうだと思います。もちろんすごく愛されていたし可愛がられていたけど、大切な人を失ったという感情を自分が家族と共有できていないことが悲しかったんだと思う。学校は楽しかったし、家でも普通に生きていたんですけど、でもいつも悲しさがつきまとっていて、決してなくならなくて………でも、歌うといい気分になれたんです。それが始まりでした。歌うとその気持ちが解放されるというか」
■歌うことで悲しみが浄化されるような感覚があったんですか?
「うーん、なんだろう…………言葉にするのは難しいですね。ただ、これだけは言えるんですけど、浄化はされないんですよね。発散して、綺麗になくなることではない。歌うことで何かに納得をするわけでもないし………だから陶酔に近いのかもしれないです。失われたものを思って愛でる感覚に近いというか。…………こうやって考えると、昔から家族のことは大きいのかもしれないですね。自分は家族の中でヒーローじゃなきゃいけないと思っていたんですよ。末っ子だったし、家族から希望を懸けられているから家でも明るくなきゃいけないとかもあったし。だからたぶん、私の悲しみには家族は気づいてなかったと思います。天真爛漫で、明るくて、甘やかされて、何も苦もない子供だと思われていたんじゃないかな」
■お姉さんを失った分、佐藤さんの存在がご家族にとっては希望だっただろうしね。
「そうですね。長女の生まれ変わりだと思ったと言われたくらいですから。私もそれが誇らしくって。とても大事な人を亡くしたんだろうけど、それと同じぐらい大事に思われていることが、すごく誇りだったんです。ただ、自分も家族をいつ亡くすかもしれないという危機感と日々向き合っていたところもあって………そういうことが歌や音楽に直結しているので、だから自分は楽しいことだけを音楽にしていくことができないんだと思う。それは今後も変わらないと思います」
■なるほどな。今の話を聞いていて、だからこそ、家族という愛の在り方を描いた映画『湯を沸かすほどの熱い愛』のテーマが深く刺さったところは確実にあったんでしょうね。
「そうですね。やっぱり自分は『家族とは何か』ってずっと考えてきたと思いますから。だから台本を読んだ時は凄くびっくりしましたね。家族というものをここまで捉えている監督がいるんだと思って。もちろん自分の家族とは違う形なんですけど、他人事じゃないなと思った。それで是非曲を書きたいと思いました。家族というものに疑問を持っている人が観たら心に響くんじゃないのかなと思う」
守らないといけない側になった時に、自分が失ったものとか悲しいものばかりに傾いていたら、本当に大事なものを守れなくなるんじゃないかなって。
■改めて“クライベイビー”が生まれた時のことを訊きたいんですけど。「愛のゆくえ」をテーマにしていく中で、この曲が生まれたのはどうしてなんでしょう。
「今話してきた通り、悲しんでいるだけの自分って、幼少期の自分を引きずっている感じがするんですよね。いわば子供のままの自分というか。でも自分が子供を持つとなった時には、強くならないといけないじゃないですか。守らないといけない側になった時に、自分が失ったものとか悲しいものばかりに傾いていたら、本当に大事なものを守れなくなるんじゃないかなっていう気持ちがあって………もし子供を持ったら自分は180度人格が変わってしまうんじゃないかと思うんですけど(笑)。そうなった時に、こんなふうに思える自分でありたいという気持ちも込めて、この曲を書いているんですけど」
■だから“クライベイビー”は大切な誰かを思う気持ち、その人が幸せになって欲しいという気持ちだけが詰まった曲で。きのこ帝国のディスコグラフィの中では、こういう曲はなかなか珍しいですよね。
「珍しいですね。これは何も作為なく書いたので、すごくナチュラルに出てきた言葉と曲なんですよね。………腹を括った時があったのかもしれないです。今後人生を生きていく上で、強く優しくなろうと思った時があったんだろうと思います」
■ちょっと遡ると、さっき話してくれた「人にはなかなか見せられなかった自分の柔らかな部分を、音楽で表現しようと思えるようになった」という佐藤さんの変化が、実際に音楽的に表れた作品が『猫とアレルギー』というアルバムだったと思うんです。
「そうですね」
■つまり、音楽性が開けたものになったことも含め、音楽的にも心情的にも一番足枷が取れた状態で作れた作品が『猫とアレルギー』だったと思うんだけど、それを経たからこそ、腹が括れたのかな?
「ああ………でも、本当に音楽的にも心情的にも解放されたのは、今なんだと思います」
■どういうこと?
「『猫とアレルギー』は、音楽的な部分でバンドとしてのチャレンジもあったんですよ。それまでは作為的なものというか、聴かせるためのギミックを自分達の曲に入れることが嫌で、そこは敢えて避けてきたんですけど。でも、『猫とアレルギー』ではポップへの挑戦というギミックを考えていたんですよ。ポップというフォーマットを意識していたというか。そういう意味では、音楽的な足枷はあったんですよね」
■なるほど。
「言い方を換えれば、『猫とアレルギー』の時はポップに振り切ることに躍起になっていたというか……でもやっぱり、きのこ帝国ってポップには振り切れないんですよ。あのアルバムも、世の中的に見たら大してポップなアルバムじゃないし(笑)。もちろん、きのこ帝国の温度的には開けたものになったんですけど、やっぱりどこかで自分らしさが蠢いている感覚はあって」
■そうですね。
「ポップに振り切ろうと考えて、きのこ帝国の持つ感情の蠢きを封印する方向で考えたのに、結局はそれが出てきてしまうっていう……であれば、もうそういうことは考えずに、自分がやりたいことを何でも詰め込んで作っちゃおうっていうモードが今の感覚ですね。実際、その蠢きを封印しなくても上質な音楽にすることができれば、それすらも世のスタンダードになれるのかなって思うようになったところもあるし。世のスタンダードは変わっていくものだから、別にフォーマットを意識しないほうがいいのかなとも思うようになったし」
■その通りだと思います。というか、スタンダードはそうやって常に更新されていくものですよ。
「はい。なので、『猫とアレルギー』の時は感情の解放があって、これから先は感情の解放プラス音楽の解放が合わさっていく時期になるのかなと思います。特に“愛のゆくえ”はすごく絶妙にそれが表れた曲になったと思うし。歌の自由さに今まで表現していた音像がミックスされている、きのこ帝国としてすごくハイブリッドな曲だと思うんですよね。そういう意味で、なんだか今は、すごく地に足がついてる感じがある。昔は地に足がついていないくせに、地に足がついているふうを装ってた面があったなって(笑)」
■というか、地に足をつけたいっていう意志と欲求がとても強かったよね。
「そうだと思います。インディーズ時代は特に、どっしりした活動に対する憧れがあって。でも『フェイクワールドワンダーランド』からは敢えてブレてやろうと思うようになって」
■それがあのアルバムでの音楽的な変化に繋がりましたよね。
「そうなんです。……『ロンググッドバイ』という作品ができた時に、これが初期のきのこ帝国の完成形だなという実感があったんですよ。でも、もしかしたら、自分の軸はそれとは違うところにあるのかもしれないわけで、だったら動かないでいるともったいないと思って」
■それって言い方を変えると、自分はこの軸が自分の軸だと思ってやってきたし、『ロンググッドバイ』でその到達点は作れたけれど、でもそれはあくまで自分が知っている世界の中での話だ、と。もしかしたら自分が旅したことのない世界に行ったら、違う軸が見つかるのかもしれないと思ったということ?
「そうですね。だから自分がやってきた世界とは違う世界を知りたかったし、感じたかった。動きまくった結果、その真ん中が軸になればいいなと思って。特に私は自分が一度作ったものをもう一度作り直す気にはなれない、むしろできないことをやってみたいタイプなので。だから『フェイクワールドワンダーランド』からはできないことをやってみようと思いました。それで、音楽の秘境に足を踏み入れるような気持ちで、『猫とアレルギー』までを作ったんです。きっと自分達のファンは『ブレてるんじゃね?』って思ってたと思うけど、それって正解なんですよ(笑)」
■意図的にブレさせようとしてたわけだもんね。
「そうなんです。で、ブレてみた結果、自分の立っている場所に自信を持てた感じがあった。あの2作を作ったことで、誰かにボディーブローをかまされても、足がよろめかないほどの強さをバンドが持つことができたんですよね。だからブレてみてよかったと思います。地に足がつかないようにしたのに、逆に地に足ついた感じになりました」
■音楽的にいろんな表現の世界を知ったからこそ、自分達のストロングポイントが見つかったし、自分達でもそれをストロングポイントだと認めることができるようになったところもあるんでしょうね。それを佐藤さんだけじゃなく、バンドも一緒になって経験したからこそ、“愛のゆくえ”、そして“クライベイビー”という曲が生まれてきた、と。簡単な言葉に落としてしまうと、自分達の軸に対して、井の中の蛙的な自信ではなく、もっとちゃんと自信がついたのかもしれないね。
「本当にその通りです。素晴らしいまとめ方です(笑)」
■(笑)。だから、もしかしたら“クライベイビー”と“愛のゆくえ”を聴いた人は、『ロンググッドバイ』の頃のきのこ帝国が元に戻ってきたと思うかもしれないけど――。
「そう、思うかもしれないですけど、厳密に言うと、戻ったのではなく進んだ先なんですよね」
■そうですよね。
「『フェイクワールドワンダーランド』以降、轟音に頼らない音像とメロディアスな面を突き詰めていった結果、この曲達を生み出すことができた。……でも、そのメロディアス旅行も、実は自分の中では、その旅を経て以前のサウンドが帰ってきた時にすごくハイブリッドなものになるだろうな、そうしたいなと思っていたところがあったから。そういうヴィジョンの下に旅に出ていたところもあったというか。まぁ聴いている人はそういう私のヴィジョンを知らされていないから、このまま一生変な方向に進むのかなと思ったかもしれないですけど」
■ま、決して変な方向ではないけどね(笑)。
「はい(笑)。ただ、自分の中では明確にそこに至る過程というものをイメージできてたんです。だから何を言われても『今にわかるからさ』と思ってたし。ただ、そのメロディアス旅行が案外早く終わっちゃったなというところもあって(笑)」
■ははははははは。
「本当はもうちょっと家出して旅を続けて、もっと変なこともたくさんやりたかったんですけど、案外早くに自分が描いていた場所に辿り着いてしまったなという感覚もあります(笑)」
■でもそれはやっぱり、今回映画をきっかけに与えられた「喪失と愛」というテーマ故なのではないかと思いますけどね。ここまで話してきた通り、それは佐藤さんの根本にあるテーマだから。だからこそ、音楽的にも自分達の本質というか、きのこ帝国の本道に向かい合うことになったというか。
「そうですね。だからそこは、中野監督のおかげもあるかもしれないです。改めて自分自身に向き合うきっかけを作ってくれたので。……不思議なものですよね。本当にいろんなものが偶然のように重なるんですけど、あとで考えると必然だったのではと思うことばかりですね」
自分達の音楽が10年後も100年後も誰かの味方であり続けたらいいなという気持ちはとても強くありますね。
■ちょっと唐突な話をしますけど、私は佐藤さんの歌声って、越境感があると思うんですよ。
「それは時代を越えるってことですか?」
■時代もそうだし、肉体という制限を飛び越えて広がっていくような、魂を自由に飛ばしていく力を持っていると思う。だからこそ人によってはこの歌声から神秘的なものを感じる人も多いと思うんですけど。非常に感覚的な話で申し訳ないけど、たとえば“クライベイビー”には<10年後も、100年後も、ずっとずっときみのそばに>という歌詞がありますけど、そういう肉体が滅んだ後も繋がっていく想いを表現するのにとても適した歌声だなと思うんです。そもそも音楽ってそうやって越えていけるもの、ある種の永遠性を宿すことができるものだと思うんだけど、特に佐藤さんの歌声からはそれを強く感じるんですよね。それは武器ですよ。
「ふふ、ありがとうございます(笑)。……現代の子達がどう思っているのかはわからないですけど、音楽って聴いているその時だけのものではないじゃないですか。むしろ聴いていない時に効果を発揮するものだと、私は思っていて。音楽はその場限りのものではなくて、聴いた人のどこかに根付いて息をしているものだと思っていて……だから、素晴らしい音楽は、その人が生きている中でふとした時に顔を出すんですよね。急に頭の中で流れたり、歌詞の一部が蘇ってきたり、そうやって思い出した時に深く心に沁みるものというか。自分もそういう、その場限りにならない音楽を作りたいと思っていますね。だからこそ言葉も大事に紡いでいきたいと思うし、歌い方ひとつとってもちゃんと感情を込めたい。……“クライベイビー”のサビって、セリフとしてめっちゃくさい言葉じゃないですか」
■<泣かないで笑ってみせて/ずっときみの味方だから>という歌詞とかね。
「はい、もう恥ずかしいぐらいの歌詞で。でも……もう少しでバンド結成から10年になるんですけど、最近高校生のファンの子達が特に増えたりしていて。そうなると同じ目線でというよりも、自分の子供とか弟、妹が聴いてくれているような感覚になる時があるんですよ。だからこそ、“クライベイビー”のサビの歌詞が出てきたのかもしれないです。彼らよりも長く生きている自分が、彼らに対して何が言えるだろうなぁと思いながら書いていたところはあったから。だからいつか持つ自分の赤ちゃんに書いているつもりだったんですけど、聴いてくれるであろうファンの子達の顔も、この曲を書いている時に凄く浮かんでたんです。私達は最初は怒りを表現していて、そこに共感してくれているファンが多かったけど、そういう人達って人知れず泣いている時間も多いと思う。そんな人達に対して、自分達の音楽で押しつけがましくないエールを送りたいっていう想いはあったと思います。それを音楽でどこまでできるのかを考えて、それが<ずっときみの味方だから>という表現になったのかなって思う。本当に、自分達の音楽が10年後も100年後も誰かの味方であり続けたらいいなという気持ちはとても強くありますね。ひとりで悲しみや痛みを抱えて泣いている子も、“クライベイビー”を聴いて笑って欲しいなって。そう心から思っています」